法人成りのタイミングと個人事業主との違い|メリット・デメリットを解説
個人事業主として事業を続けるうち、「そろそろ法人化(法人成り)したほうがいいのだろうか」と考えるタイミングは、多くの経営者に訪れます。節税になると聞いたことがある一方で、社会保険や事務負担が増えるという話も耳にし、判断に迷う方も多いのではないでしょうか。
今回は、法人化のメリット・デメリットを整理したうえで、法人成りを検討し始める目安のタイミングについて、具体例を交えて解説します。
法人化のメリット
【税率の違いによる節税効果】
個人の所得税は、所得が多いほど税率が上がっていく仕組みで、5%から45%まで段階的に上がります(所得税法第89条)。一方、法人税は基本的に税率が一定で、資本金1億円以下の中小法人なら、年800万円以下の利益部分に15%の軽減税率が使えます(時限措置、法人税法第66条第2項、租税特別措置法第42条の3の2)。所得が増えてくると、個人より法人のほうが税負担を抑えやすくなります。
【社会保険料】
個人事業主は国民年金・国民健康保険に、法人の代表者は厚生年金・協会けんぽに加入します(健康保険法第3条第3項第2号、厚生年金保険法第6条第1項第2号)。どちらが得かは年収や家族構成によって変わります。たとえば扶養する配偶者がいる場合、被用者保険であれば配偶者分の追加保険料はかかりません(配偶者は保険料負担のない第3号被保険者になります。国民年金法第7条第1項第3号)。また、社会保険料は役員報酬の額をもとに計算されるため、報酬の決め方次第で保険料を抑えられることもあります。
【経費として認められる範囲の拡大】
法人になると、事業を専業とする法人格が認められるため、個人事業主では使いにくかった経費や手当の制度を使えるようになります。
①交際費 個人事業主なら、仕事に関係する交際費は法律上の上限なく経費にできます(所得税法第37条)。ただし、プライベートの支出との線引きを税務調査で確認されやすい面があります。法人の場合は、中小法人なら年800万円まで(または接待飲食費の50%相当額)を経費にできます(租税特別措置法第61条の4)。上限はありますが、たいていの中小企業はこの範囲に収まります。
②福利厚生費 個人事業主には、自分自身のための「福利厚生費」という考え方がなく、生活費にあたる支出は経費になりません。法人であれば、健康診断や社員旅行、慶弔見舞金などを福利厚生費として経費にでき、受け取る側も一定の範囲で税金がかかりません。
③社宅 個人事業主は、自宅を仕事にも使っている場合、仕事で使う部分だけを経費にできます。居住部分は経費になりません。法人であれば、会社が住宅を借りて役員に貸し、決まった計算式による家賃(所得税基本通達36-40)を役員本人が払えば、実際の家賃との差額に税金がかからず、会社の経費にできます。
④出張手当(日当) 個人事業主には、自分自身に「手当」を支払うという考え方がなく、実際にかかった費用しか経費になりません。法人であれば、旅費規程を整えることで出張日当を支給でき、常識的な範囲であれば非課税です(所得税法第9条第1項第4号)。実費との差額も会社の経費にできます。
【赤字の繰越期間】
赤字の繰越期間は、個人事業主の3年(所得税法第70条)から、法人では10年に延長されます(法人税法第57条)。開業当初に赤字が出やすい事業や、業績の波が大きい事業では、特に節税効果として大きいものとなります。
【退職金の損金算入】
法人は、役員退職金の規程を整えれば、高額すぎる部分を除き退職金を経費にできます(法人税法第34条)。退職時に下記の生命保険の受取り時期とあわせることで、退職時点の業績に関係なく、節税対策が可能です。受け取る側も、退職金は税金面で優遇されています(退職所得控除と2分の1課税、所得税法第30条)。なお、個人事業主には自分自身への「退職金」という考え方がなく、小規模企業共済等でしか同じような優遇を受けられません。
【生命保険料の損金算入】
法人が契約者となり役員や従業員に生命保険をかける場合、契約の仕方によっては保険料の一部(たとえば養老保険で、死亡保険金は遺族、満期保険金は会社が受け取る形なら保険料の2分の1)を経費にできます(法人税基本通達9-3-4)。個人事業主が自分自身にかける生命保険料は経費にならず、生命保険料控除(上限12万円、所得税法第76条)でしか税金面のメリットを受けられません。
【消費税の免税期間の活用】
資本金1,000万円未満で法人を設立すれば、最大2期は消費税の免税事業者になれます(消費税法第12条の2)。個人事業主として免税期間を使い切った方でも、法人成りであらためて免税期間を得られる可能性があります。ただし、インボイス制度の影響で、あえて課税事業者を選んだほうがよいこともあるため、状況に応じた判断が必要です。
【有限責任】
株式会社等の株主は、出資した金額を超えて責任を負いません(会社法第104条「株主の責任は、その有する株式の引受価額を限度とする。」)。事業がうまくいかなくても、原則として個人の財産まで差し出す必要はありません。一方、個人事業主は、事業上の借金を無限に背負うことになります。
【社会的信用力の向上】
法人は登記情報が公開され、決算書も作らなければならないため、個人事業主より取引先や金融機関から信用されやすくなります。新しい取引先の開拓や融資の場面で、法人であることが有利に働くことも少なくありません。
法人化のデメリット
【社会保険料の負担増(従業員がいる場合)】
個人事業主は、常時5人以上を雇う一定の業種でなければ、従業員を社会保険に加入させる義務はありません。法人は、原則として従業員がいれば社会保険への加入義務が生じます(健康保険法第3条第3項第2号、厚生年金保険法第6条第1項第2号)。保険料は会社と従業員で折半するため、従業員を雇っている場合は会社側の負担が増えます。
【法人税の均等割】
法人には、利益が出ていなくても一定額を払う「均等割」という税金があります(地方税法第312条)。金額は資本金や従業員数、自治体によって変わりますが、赤字でも一定の負担がある点は、個人事業主にはない法人特有のコストです。正確な金額は税理士や自治体にご確認ください。
【設立費用・維持コスト】
法人を設立するには、定款の認証や登記の費用がかかります(株式会社の場合、実費でおおむね20万円前後が目安です)。登記の手続きも煩雑なため、専門家に依頼するのが一般的です。設立後も、決算・申告は個人の確定申告より複雑になりやすく、税理士費用を含めた維持コストが継続的にかかります。
【経理・事務負担の増加】
法人は複式簿記による正式な帳簿づけが必要です。旅費規程や給与規程などの社内ルールを整え、株主総会・取締役会といった会社法上の手続きもこなす必要があります。申告も所得税から法人税に変わり、より専門的になります。社会保険の手続きや、役員報酬を事業年度の途中で自由に変えられないといった制約も、個人事業主にはなかった負担です。
法人成りのタイミングの目安
上記のように法人成りにはメリットとデメリットがありますが、事業の規模が大きくなった場合に、税金・社会保険の負担がどの程度になるのかは、最も関心の高い論点ではないでしょうか。実際の金額で確認してみましょう。
【計算例】個人事業主としての課税所得(各種控除後)が950万円で、扶養している配偶者(専業主婦)と大学生のお子様(22歳)が1人いる場合を前提に、税金と社会保険料(協会けんぽ・東京の場合)を比較します(国民年金の学生納付特例等の猶予制度は未考慮)。
| 項目 | 個人事業主 | 法人成り(役員報酬950万円) |
|---|---|---|
| 所得税 | 1,599,000円 | 1,100,500円 |
| 住民税(概算10%) | 950,000円 | 755,000円 |
| 国民健康保険料(世帯の上限額) | 1,130,000円 | — |
| 国民年金保険料(本人・配偶者・お子様分) | 645,120円 | — |
| 健康保険料(本人負担分) | — | 467,875円 |
| 厚生年金保険料(本人負担分) | — | 713,700円 |
| 本人負担ベースの合計 | 4,324,120円 | 3,037,075円 |
| 健康保険料・厚生年金保険料(会社負担分) | — | 1,181,575円 |
| 税金・社会保険料の全体総負担 | 4,324,120円 | 4,218,650円 |
上記例では、個人事業主の4,324,120円に対し、法人成り後は4,218,650円となり、法人成りのほうが105,470円だけ負担額が少なくなります。これは、個人事業主の所得を得た場合と、法人成りして役員報酬を受け取る場合を比べると、給与所得控除の分だけ所得税・住民税の負担が軽くなる点や、社会保険料では個人事業主の場合、本人とあわせて3人分の負担をしていた一方、法人成り後は、配偶者・お子様は被扶養者となり、追加の負担がない点によるものです。
法人成りの目安としては、課税所得(各種控除後の事業所得)が概ね800万円〜900万円を超えてくると、法人成りによる節約効果が出やすいです。上記の例では10万円程度の負担差ですが、所得金額、家族構成、各種経費の計上や役員報酬の設計までを考慮すると、法人成りをした方が有利というケースは多くあると思います。
法人成りはご自身の事業のフェーズに合わせ、上記の負担面のほか、以下の点も考慮して、検討頂くと宜しいかと思います。
- 消費税の課税事業者になるタイミングと重なるとき
- 金融機関からの融資や、大口の取引先との契約で法人格を求められるようになったとき
- 従業員を採用し、事業規模を拡大していく計画があるとき
法人成りは総合的な判断が必要です。ご自身の事業の状況に合わせた具体的なシミュレーションをご希望の際は、お気軽にご相談ください。